寺田寅彦の名言20選|心に響く言葉

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寺田寅彦のプロフィール

寺田寅彦(てらだ とらひこ)
・1878年11月28日に生まれ、1935年12月31日に亡くなる。
・戦前の日本の物理学者、随筆家、俳人。
・研究上の業績としては、地球物理学関連のもの(潮汐の副振動の観測など)があるいっぽうで、1913年には「X線の結晶透過」(ラウエ斑点の実験)についての発表(結晶解析分野としては非常に初期の研究のひとつ、Braggとは独立にBraggの解説条件を得ている)を行い、その業績により1917年に帝国学士院恩賜賞を受賞している。
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寺田寅彦の名言 20選

(1) モノを怖がらなさ過ぎたり、怖がり過ぎたりするのは優しいが、正当に怖がることはなかなか難しい。

~寺田寅彦~

(2) 天災は忘れた頃にやってくる。

~寺田寅彦~

(3) 子どもを教育するばかりが親の義務でなくて、子どもに教育されることもまた親の義務かもしれないのである。

~寺田寅彦~

(4) 健康な人には病気になる心配があるが、病人には回復するという楽しみがある。

~寺田寅彦~

(5) 心の窓はいつでもできるだけ数をたくさんに、そうしてできるだけ広く開けておきたいものだ。

~寺田寅彦~

(6) 興味があるからやるというよりは、やるから興味ができる場合がどうも多いようである。

~寺田寅彦~

(7) 地震の研究に関係している人間の目から見ると、日本の国土全体が一つのつり橋の上にかかっているようなもので、しかも、そのつり橋の鋼索があすにも断たれるかもしれないというかなりな可能性を前に控えている。

~寺田寅彦~

(8) いわゆる頭のいい人は、言わば足の早い旅人のようなものである。人より先に人のまだ行かない所へ行き着くこともできる代わりに、途中の道ばたあるいはちょっとしたわき道にある肝心なものを見落とす恐れがある。

~寺田寅彦~

(9) 「知らない」と「忘れた」とは根本的に違う。

~寺田寅彦~

(10) ケガを怖れる人は大工にはなれない。失敗を怖がる人は科学者にはなれない。科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。

~寺田寅彦~

(11) 大正十二年のような地震が、いつかは、おそらく数十年の後には再び東京を見舞うだろうということは、これを期待する方が、しないよりも、より多く合理的である。

~寺田寅彦~

(12) 戦争はしたくなければしなくても済むかもしれないが、地震はよしてくれと言っても待ってはくれない。

~寺田寅彦~

(13) 国家を脅かす敵として天災ほど恐ろしい敵はないはずである。

~寺田寅彦~

(14) 自然現象の不思議には、自分自身の目で脅威しなければならぬ。

~寺田寅彦~

(15) 美術家は時に原始人に立ち返って自然を見なければならない。宗教家は赤子の心にかえらねばならない。同時に科学者は時に無学文盲の人間に立ち返って考えなければならない。

~寺田寅彦~

(16) 科学は不思議を殺すものではなく、不思議を生み出すものである。

~寺田寅彦~

(17) 頭のいい人は恋が出来ない。恋は盲目だから。

~寺田寅彦~

(18) 疑うがゆえに知り、知るがゆえに疑う。

~寺田寅彦~

(19) 科学の方則とは畢竟(ひっきょう)「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。

~寺田寅彦~

(20) 科学者になるには自然を恋人としなければならない。自然はやはりその恋人にのみ真心を打ち明けるものである。

~寺田寅彦~

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