湯川秀樹の名言30選|心に響く言葉

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湯川秀樹のプロフィール

湯川秀樹(ゆかわ ひでき)
・1907年1月23日に生まれ、1981年9月8日に亡くなる。
・京都府京都市出身の日本の理論物理学者。
・ 原子核内部において、陽子や中性子を互いに結合させる強い相互作用の媒介となる中間子の存在を1935年に理論的に予言した。
・1947年、イギリスの物理学者セシル・パウエルが宇宙線の中からパイ中間子を発見したことにより、湯川の理論の正しさが証明され、これにより1949年(昭和24年)、日本人として初めてノーベル賞を受賞した。
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湯川秀樹の名言 30選

(1) 一日、生きることは、一歩、進むことでありたい。

~湯川秀樹~

(2) 地に空に平和を。

~湯川秀樹~

(3) 君たち全員に優の成績をあげるけれども、勉強は自分でしなさいよ。

~湯川秀樹~

(4) アイデアの秘訣は、執念である。

~湯川秀樹~

(5) 真実は、いつも少数派。

~湯川秀樹~

(6) 独創的なものは、初めは少数派である。多数というものは独創ではない。

~湯川秀樹~

(7) 一つも失敗したくないなら、人の真似をする他ない。

~湯川秀樹~

(8) 取り返しのつかない大きな失敗をしたくないなら、早い段階での失敗を恐れてはならない。

~湯川秀樹~

(9) 科学研究も人間の知的好奇心にもとづく創造であって、芸術やその他の文化活動と同じものだ。

~湯川秀樹~

(10) 未知の世界を探求する人々は、地図を持たない旅行者である。

~湯川秀樹~

(11) メルヘンといいますか、子供の世界というんですか、そういうところへ戻りたいという気持ちがいつもあるんです。

~湯川秀樹~

(12) 中間子の発見は、まだまだ大きい宇宙の中の一つの星を見つけたようなものです。

~湯川秀樹~

(13) ただ流行を追っているというのは、つまらない生き方です。

~湯川秀樹~

(14) 科学の歴史は裏から見れば失敗と停滞の歴史でもある。しかし早い段階での失敗がなかったら、成功も飛躍もなかったであろう。

~湯川秀樹~

(15) 未来を過去のごとくに考えよ。

~湯川秀樹~

(16) 自然は曲線を創り、人間は直線を創る。

~湯川秀樹~

(17) 今日はあれをやり、明日はこれ、というようにあまり気が散ると、結局どれもものにならないですね。

~湯川秀樹~

(18) 現実はその根底において、常に調和している。詩人のみがこれを発見する。

~湯川秀樹~

(19) 現実はその根底において、常に簡単な法則に従って動いているのである。達人のみがそれを洞察する。

~湯川秀樹~

(20) 今のところ来年の六月までおることになっています。日本へ帰らなければなりませんが、研究の便宜からいうと米国の方が落ち着いて仕事が出来ます。

~湯川秀樹~

(21) 私たちはコロンビヤ大学の直ぐ近くの百廿一丁目とアムステルダム街にあるアパートに住んでいます。この辺は割合に静かなところでハドソン河がすぐ側です。周囲には街路樹や公園があって奇麗で住心地のよいところです。家内も子供も元気でおります。

~湯川秀樹~

(22) (アインシュタイン博士について)プリンストンからニューヨークへ来てからお目にかかる機会が少ないのですが、昨年暮の手術後は元気を回復されたようです。

~湯川秀樹~

(23) プリンストンでも忙しかったが、この春コロンビヤ大学へきてから月曜と木曜に講義していますが、研究の外に他の大学や、科学方面の会に講演も頼まれるのでますます忙しくて自然故国の友人その他各方面にごぶさたしていますが、この電話を機会に御紙を通じてよろしくお伝えしていただきたいと思います。

~湯川秀樹~

(24) 日本の物理科学界のために何か役立たせることが出来ればと思っています。

~湯川秀樹~

(25) 科学者が科学上の仕事で世界のために尽くすことが出来るのは本懐だと思います。

~湯川秀樹~

(26) 私としては科学者としての自分の研究によって最高の表彰を受けるという名誉を担ったので、身にあまる光栄と思っています。

~湯川秀樹~

(27) 人類の利益になる研究を続けていくのは喜びです。しかし日本にはあらゆるものが不足しており、科学研究も劣っています。

~湯川秀樹~

(28) 色々な事にあれこれ手を出すよりも、一つの事に集注した方が成果が出る。

~湯川秀樹~

(29) 自分の能力は、自分で使ってみなければわからない。

~湯川秀樹~

(30) 今日の真理が、明日否定されるかも知れない。それだからこそ、私どもは、明日進むべき道を探しだす。

~湯川秀樹~

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