萩原朔太郎の名言20選|心に響く言葉

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萩原朔太郎のプロフィール

萩原朔太郎(はぎわら さくたろう)
・1886年11月1日に生まれ、1942年5月11日に亡くなる。
・日本の詩人。
・大正時代に近代詩の新しい地平を拓き「日本近代詩の父」と称される。
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萩原朔太郎の名言 20選

(1) 社交の秘訣は真実を語らないということではない。真実を語ることによってさえも、相手を怒らせないようにすることの技術である。

~萩原朔太郎~

(2) 幸福人とは、過去の自分の生涯から満足だけを記憶している人々であり、不幸人とは、それの反対を記憶している人々である。

~萩原朔太郎~

(3) 自由とは、自分が「自由である」と信ずるところの、一つの幻覚にすぎないのである。

~萩原朔太郎~

(4) 非常な善人と、非常な悪人とは、感じがほとんど同じです。

~萩原朔太郎~

(5) 愛は、その愛するものを独占しようと願っている。しかしながら、愛はそれに成功してしまった後では、競争もなく、嫉妬もなく、退屈でさめやすいものに変わってくる。

~萩原朔太郎~

(6) 音楽の演奏者や、劇の俳優たちは技術家である。彼らは芸術家ではない。なぜといって彼らは真の「創作」を持っていないじゃないか。

~萩原朔太郎~

(7) 結婚の利益は、女性の本質を知ることであり、結婚の損失は、女性への幻滅を知ることである。

~萩原朔太郎~

(8) 人は新しく生きるために、たえず告別せねばならない。すべての古き親しき知己から、環境から、思想から、習慣から。

~萩原朔太郎~

(9) すべての場合を通じて、恋愛は忍耐である。

~萩原朔太郎~

(10)「真面目になる」ということは、しばしば「憂鬱になる」ということの外の、何のいい意味でもありはしない。

~萩原朔太郎~

(11) 人生ではアマチュアであることが、また1つの職業である。

~萩原朔太郎~

(12) 男と女とが互いに相手を箒とし、味噌漉しとし、乳母車とし、貯金箱とし、ミシン機械とし、日曜の勝手道具と考える時、もはや必要から別れがたく、夫婦の実の愛情が生ずるのである。

~萩原朔太郎~

(13) 最も親しき友人というものは、常に兄弟のように退屈である。

~萩原朔太郎~

(14) 崇高な不徳は賛美される。だが卑陋(ひろう)なけち臭い者共は、どんな事情においても許されない。

~萩原朔太郎~

(15) 愛を求める心は、悲しい長い疲れの後にきたる。それはなつかしい、大きな海のような感情である。

~萩原朔太郎~

(16) 懺悔者の背後には美麗な極光がある。

~萩原朔太郎~

(17) すべての家庭人は、人生の半ばをあきらめて居る。

~萩原朔太郎~

(18) おもうに人間の感情というものは、極めて単純であって、同時に極めて複雑したものである。

~萩原朔太郎~

(19) 人は新しく生きるために、絶えず告別せねばならない。すべての古き親しき知己から、環境から、思想から、習慣から。


~萩原朔太郎~

(20) 羞恥心は塩のようなものである。それは微妙な問題に味を付け、情緒をひとしお深くする。

~萩原朔太郎~

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