武田信玄の名言・格言20選|心に響く言葉

武田信玄のプロフィール

武田信玄(たけだ しんげん)
・1521年12月1日に生まれ、1573年5月13日に亡くなる。
・戦国時代の武将、甲斐の守護大名・戦国大名。
・甲斐源氏の嫡流にあたる甲斐武田家第19代当主。
・先代・信虎期に武田氏は守護大名から戦国大名化して国内統一を達成し、信玄も体制を継承して隣国・信濃に侵攻する。
・その過程で越後国の上杉謙信(長尾景虎)と五次にわたると言われる川中島の戦いで抗争しつつ信濃をほぼ領国化し、甲斐本国に加え信濃、駿河、西上野および遠江、三河、美濃、飛騨などの一部を領した。
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武田信玄の名言・格言 20選

(1) 風林火山 疾(と)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し。

~武田信玄~

(2) 為せば成る、為さねば成らぬ成る業を成らぬと捨つる人のはかなさ。

~武田信玄~

(3) 戦いは五分の勝利をもって上となし、七分を中となし、十分をもって下となる。五分は励みを生じ、七分は怠りを生じ、十分はおごりを生ず。

~武田信玄~

(4) 組織はまず管理者が自分を管理せよ。

~武田信玄~

(5) 戦いは四十歳以前は勝つように、四十歳からは負けないようにすることだ。ただし二十歳前後は、自分より小身の敵に対して、負けなければよい。勝ちすぎてはならない。将来を第一に考えて、気長に対処することが肝要である。

~武田信玄~

(6) 人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。

~武田信玄~

(7) 百人のうち九十九人に誉めらるるは、善き者にあらず。

~武田信玄~

(8) 自分のしたいことより、嫌なことを先にせよ。この心構えさえあれば、道の途中で挫折したり、身を滅ぼしたりするようなことはないはずだ。

~武田信玄~

(9) 晴信(信玄)の弓矢は欲のためではなく、民百姓を安楽にするためだと民に知らせれば、わしが軍を進めるのを待ち望むようになる。

~武田信玄~

(10) 我、人を使うにあらず。その業を使うにあり。

~武田信玄~

(11) 一日ひとつずつの教訓を聞いていったとしても、ひと月で三十か条になるのだ。これを一年にすれば、三百六十か条ものことを知ることになるのではないか。

~武田信玄~

(12) 晴信(信玄)が定めや法度以下において、違反しているようなことがあったなれば、身分の高い低いを問わず、目安(投書)をもって申すべし。時と場合によって自らその覚悟をする。

~武田信玄~

(13) 渋柿は渋柿として使え。継木をして甘くすることなど小細工である。信頼してこそ人は尽くしてくれるものだ。

~武田信玄~

(14) 負けまじき軍に負け、亡ぶまじき家の亡ぶるを、人みな天命と言う。それがしに於いては天命とは思はず、みな仕様の悪しきが故と思うなり。

~武田信玄~

(15) いくら厳しい規則を作って、家臣に強制しても、大将がわがままな振る舞いをしていたのでは、規則などあってなきがごとしである。

~武田信玄~

(16) 人間にとって学問は、木の枝に繁る葉と同じだ。

~武田信玄~

(17) 三度ものをいって三度言葉の変わる人間は、嘘をつく人間である。

~武田信玄~

(18) 大将たる者は、家臣に慈悲の心をもって接することが、最も重要である。

~武田信玄~

(19) 人に規則を守らせるには、まず自身の言動を反省し、非があれば直ちに改める姿勢を強く持たねばならない。

~武田信玄~

(20) 今後は、一人働きは無用である。足軽を預かっていながら独りよがりの行動をとれば、組の者は組頭をなくし、味方の勝利を失うことになるからだ。

~武田信玄~