安岡正篤の名言30選|心に響く言葉

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安岡正篤のプロフィール

安岡正篤(やすおか まさひろ)
・1898年2月13日に生まれ、1983年12月13日に亡くなる。
・大阪府大阪市出身の陽明学者・哲学者・思想家。
・政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。
・数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。
Wikipedia

安岡正篤の名言 30選

(1) いかにすればいつまでも進歩向上していくことができるか。第一に絶えず精神を仕事に打ち込んでいくということです。純一無雑の工夫をする。純一無雑などと申しますと古典的でありますが、近代的にいうと、全力を挙げて仕事に打ち込んでいく、ということです。

~安岡正篤~

(2) 不老長生とはいたずらに年をとることではない。いつまでも生きる限り、ぼけないで、人生に興味を持ち、情熱を抱き続けて勉強することである。

~安岡正篤~

(3) ずるいことをやったり、人を押しのけたりして、地位や財産をつくるのも人間の能力、知能のひとつであります。それを使っていろいろのことができる。できるけれども、そんなことができても、これは人間としては少しも偉いことではない。社会的には偉いかも知れぬが、人間としてはむしろ恥ずべきことであります。何を為すか、何をしたかということと、彼はどういう人間か、いかにあるか、ということとは別である。

~安岡正篤~

(4) 本当の学問というものは、血となって身体中を循環し、人体・人格をつくる。したがって、それを怠れば自ら面相・言語も卑しくなってくる。それが本当の学問であり、東洋哲学の醍醐味もまた、そういうところにあるわけであります。

~安岡正篤~

(5) たえず熱中する問題を持つこと、すなわち感激の対象を持つことだ。人生は退屈することが一番いけない。たえず問題を持つ者が、精神的に勝利を占める。

~安岡正篤~

(6) ありがたいとか、感謝とよくいうが、自分の生活の中でまず不満や愚痴は未練がましく漏らさない心掛けが肝要だ。

~安岡正篤~

(7) 人間はできるだけ早くから、良き師、良き友を持ち、良き書を読み、ひそかに自ら省み、自ら修めることである。人生は心がけと努力次第である。

~安岡正篤~

(8) 我々の生きた悟り、心に閃めく本当の智慧、或いは力強い実践力、行動力というようなものは、決してだらだらとした概念や論理で説明された長ったらしい文章などによって得られるものではない。体験と精神のこめられておる極めて要約された片言隻句によって悟るのであり、又それを把握することによって行動するのであります。

~安岡正篤~

(9) 真の教養とは、人類の有する偉大な著作に親しむことによって得るものです。そこで昔から優れた定評のある良い書物を少しずつ読むことであります。人間としての教養の書、人としての哲学の書、修養の書というものを、注意して毎日たとえ3枚でも5枚でも、そういう書物を必ず読むようにする。いわゆる座右の書を持つということであります。

~安岡正篤~

(10) 人間の本当の正しさは、ちょっとした日常の挨拶や振る舞いに表れ、何でもない行動に、案外人間内容やその背景を知ることができるものです。これに反して、大層偉そうな大げさなことを言う者は当てになりません。こんな人ほど、家の中や友達との付き合いになると、とんでもない愚劣なことを平気でやるものであります。ついうっかり言った言葉、ちょっとやった行為がその人の人間を決定します。

~安岡正篤~

(11) ものを評するは己を告白することだ。深い人は何でもないことを深く解釈し、つまらぬ人間は深いことを浅く解釈する。心暗ければ世暗し、心明るければ世明るし、心深ければ世深し、心浅ければ世浅し。

~安岡正篤~

(12) 自己の内面に満足なものを持たない者ほど外物に憧れる。

~安岡正篤~

(13) なるべく人の世話役を心がけよ。そして、報を望むな。求むるな。

~安岡正篤~

(14) 我々の生活が自堕落になったとき、心から馬鹿と叱ってくれる畏敬する人を持つ者は幸いだ。

~安岡正篤~

(15) 人間は、早成する、早くものになるというほど危ないことはない。人間もなるべく晩成がよい。まあ、死ぬ頃なんとかものになるというくらいの覚悟でぼつぼつやるがよい。

~安岡正篤~

(16) 人々の楽しみの後に自分は楽しめ。

~安岡正篤~

(17) 日常の出来事に一喜一憂せず、現在の仕事を自分の生涯の仕事として打ち込むこと、そして、それを信念にまで高めなければ自己の確立はあり得ない。

~安岡正篤~

(18) 物知りというものはもちろん結構、場合によっては面白い、ある種の値打もある。けれども、人間の本質的価値に何ものを加えるものでもない。いわんや物知りを自慢にするなどというのは、これくらい他愛のないことはない。

~安岡正篤~

(19) 人間が浅はかで無力であると、いわゆる「宿命」になる。人間が本当に磨かれてくると「運命」になる。すなわち、自分で自分の「命」を創造することができるようになる。

~安岡正篤~

(20) 古い友人を持っておる者ほど本物だが、たえず新しい友人を漁(あさ)って歩く者は、それが順境にある者ほど偽者だ。

~安岡正篤~

(21) 偉くなることは、必ずしも富士山のように仰がれるようになるためではない。なるほど富士山は立派だけれども、それよりも何よりも立派なのは大地である。この大地は万山を載せて一向に重しとしない。限りなき谷やら川やらを載せてあえていとわない。常に平々坦々としておる。この大地こそ本当の徳である。我々もこの大地のような徳を持たなければならぬ、大地のような人間にならなければならぬ。

~安岡正篤~

(22) 現代人の一般的欠陥は、あまりに雑書を読み、雑学になって、愛読書、座右の書、私淑(ししゅく)する人などを持たない。一様に雑駁(ざっぱく)・横着になっている。自由だ、民主だということを誤解して、己をもって足れりとして、人に心から学ぼうとしない。これは大成するのに、最も禁物であります。

~安岡正篤~

(23) 環境が人をつくるということにとらわれてしまえば、人間は単なる物、単なる機械になってしまう。人間は環境をつくるからして、そこに人間の人間たるゆえんがある、自由がある。すなわち主体性、創造性がある。だから人物が偉大であればあるほど、立派な環境をつくる。人間ができないと環境に支配される。

~安岡正篤~

(24) 行き詰ってしまって、勢もすぼまり、意気上がらぬ、どうにもこうにもぺしゃんこになってしまった人間は、そこでへこたれず、元気であった初心をたずねるがよろしい。そうすれば、また新しく出かけることができる。

~安岡正篤~

(25) 優れた者となるためには、人の数倍の努力と苦労をしなければならない。人の寝るところは半分にし、人の食うところは半分くらいにしても、努力するところは人の10倍も20倍もやるだけの元気がなければならぬ。

~安岡正篤~

(26) 人間の脳というものは、いくら使ってもくたびれないばかりでなく、難しいことに使えば使うほど機能が優れてくる。つまらないことに使っておると退化する。

~安岡正篤~

(27) 英仏の古諺にいわく、「朝こそすべて」と。一日24時間、朝があり昼があり夜があるとするのは死んだ機械の一日にすぎない。活きた時間は朝だけ、換言すれば、本当の朝を持たなければ一日無意義だということだ。朝を活かすことから人生は始まる。

~安岡正篤~

(28) 私はものごとを、とくに難しい問題を考えるときには、いつも3つの原則に依(よ)るように努めている。第一は、目先にとらわれないで、できるだけ長い目で見ること。第二はものごとの一面にとらわれないで、できるだけ多面的に、でき得れば全面的に見ること。第三に何事にもよらず枝葉末節にとらわれず、根本的に考えるということである。

~安岡正篤~

(29) 他人を変えようと思ったならば、まず自分を変えることである。

~安岡正篤~

(30) 歴史はくり返す。たいていのことは古典の中にある。何千年もたっているのに、人間そのものの根本は少しも変わっていない。自分が創意工夫し、真理を発見したと思っているが、それは大変な錯覚で、すでに古典にのっていることを知らないのだ。

~安岡正篤~

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