山月記の名言20選|心に響く言葉

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山月記の情報

山月記さんげつき)
・中島敦の短編小説。
・1942年(昭和17年)に発表された中島のデビュー作である。
・唐代、詩人となる望みに敗れて虎になってしまった男・李徴が、自分の数奇な運命を友人の袁傪に語るという変身譚であり、清朝の説話集『唐人説薈』中の「人虎伝」(李景亮の作とされる)が素材になっている。
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山月記の名言20選

(1) これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある。

~『山月記』~

(2) 自分は今や異類の身となっている。どうして、おめおめと故人(とも)の前にあさましい姿をさらせようか

~『山月記』~

(3) 自分は初め眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。

~『山月記』~

(4) 曾ての同輩は既に遥か高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷けたかは、想像に難くない。

~『山月記』~

(5) 全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分からずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

~『山月記』~

(6) どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然とした。そうして懼れた。

~『山月記』~

(7) 自分は直ぐに死を想うた。しかし、その時、眼の前を一匹の兎が駆け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。

~『山月記』~

(8) 人間の心で、虎としての己の残虐な行のあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤ろしい。

~『山月記』~

(9) 己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。

~『山月記』~

(10) 今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己はどうして以前、人間だったのかと考えていた。

~『山月記』~

(11) 嗤ってくれ。詩人に成りそこなって虎になった哀れな男を。

~『山月記』~

(12) 人間であった時、己は努めて人との交を避けた。人々は己を倨傲だ、尊大だといった。実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。

~『山月記』~

(13) 人間は誰でも猛獣使いであり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。

~『山月記』~

(14) 人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。

~『山月記』~

(15) 天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。

~『山月記』~

(16) 飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕すのだ。

~『山月記』~

(17) 今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上ったら、此方を振りかえって見て貰いたい。自分の今の姿をもう一度お目に掛けよう。

~『山月記』~

(18) 勇に誇ろうとしてではない。我が醜悪な姿を示して、以て、再び此処を過ぎて自分に会おうとの気持を君に起こさせない為であると。

~『山月記』~

(19) ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っているだろう! 己が人間だった記憶のなくなることを。

~『山月記』~

(20) 己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによって益々己の中の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。

~『山月記』~

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