フランソワ・ド・ラ・ロシュフコーのプロフィール
フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー(ふらんそわ・ど・ら・ろしゅふこー)
・フランスの貴族、モラリスト文学者。
・名門貴族の生まれであり、多くの戦いに参加した後、いわゆる『箴言集(しんげんしゅう)』を執筆した。
・彼の作品に見られる辛辣な人間観察には、リシュリューと対立して2年間の謹慎処分を受けたことや、フロンドの乱でジュール・マザランと対立したことなどで味わった苦難が反映されているとも言われる。宗教的にはジャンセニスムの立場に近かった。
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フランソワ・ド・ラ・ロシュフコーの名言30選
(1) どんな人も自分の記憶が失われていることに不満をいだくが、判断の欠如について不満をいだくものはない。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(2) この世でいちばん幸福な人は、わずかなもので満足する人であるから、その点、えらい人や野心家たちは最も惨めな連中である。彼らを満足させるには、実に限りない財宝の山がなくてはならない。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(3) いちども恋の話を聞かなかったなら、恋なんかけっしてしなかったろうと思われる人間がたくさんいる。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(4) あまり利口でない人たちは、一般に自分の及びえない事柄についてはなんでもけなす。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(5) われわれが敵の不幸を隣れむ心の中には、しばしばやさしさよりも高慢のほうが多分に含まれている。われわれが彼らに同情のしるしをみせるのは、彼らにわれわれの優越を感じさせたいからである。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(6) よい結婚はあるけれども、愉しい結婚はない。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(7) やかましい養生のおかげで、やっと自分の健康を保っているのは、何かやりきれない病気を患っているようなものである。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(8) へつらいは、われわれに虚栄がなければ通用しない贋金である。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(9) われわれの才能より下の職について大人物に見えることはあるが、われわれの力以上の職につくと、往々にして彼が小人物に見える。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(10) われわれの徳行は、往々にして偽装した不徳にすぎない。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(11) われわれは、あまりにも他人の前に自分を偽装するのに慣れているので、しまいには自分の前にまで自分を偽装するようになる。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(12) われわれの高慢は、往々にしてわれわれがなにか一つ自分の欠点をなくすごとに、それだけふくれあがる。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(13) われわれはみんな、他人の不幸を平気で見ていられるほどに強い。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(14) われわれは、われわれの大切な人の死に涙を流しているのだと言いながら、実際はわれわれ自身のために涙を流している。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(15) 一兵卒にとって武勇とは、彼がその生活の糧をうるために選んだ危険な職業のことである。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(16) 世間の人が友愛と呼称するものは、社交・欲望のかけ合い・かけ引き・親切の交換にすぎない。つまり、自愛がつねに何かとくをしようとする一種の取引にすぎない。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(17) 不徳がわれわれのもとを立ち去ると、われわれは自分のほうから不徳を棄てたと信じて得意になっている。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(18) 人が大部分の物事を称讃したり、くさしたりするのは、それらを賛め、それらをそしるのが流行だからである。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(19) 人が不正を非難するのは、そのことを憎悪するからではなく、むしろ、自分がその害をこうむりたくないからである。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(20) 人間一般を知ることは、個々の人間を知ることよりも容易である。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(21) 人間はときに、他人と別人であると同じほどに自分とも別人である。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(22) 人は愛している限り許す。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(23) 人は嫉妬するのを恥じるが、嫉妬したことがあるということや、嫉妬できることを誇りに思う。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(24) 友人や恩人たちの欠点について始終遠慮なく語るようになったなら、もう彼らに対して持つべき感情を永く持続できない。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(25) 偉人の名声は、それをうるために用いられた手段によって評価されるべきである。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(26) 哲学は容易に過去と未来の不幸を打ち敗かすが、現在の不幸には打ち敗かされる。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(27) 善良な裁判官における正義は称讃の愛にすぎず、野心ある裁判官の正義は昇進の愛にすぎない。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(28) 善の究極は悪であり、悪の究極は善である。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(29) 大多数の女は、愛人の死を、彼を愛していたから泣くのではなく、むしろ、ますます愛されるに値する女であるとみられたくて泣く
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~
(30) 女は永くその最初の人を守っている。ただし、第二の人ができないかぎりは。
~フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー~