設楽悠太の名言10選|心に響く言葉

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設楽悠太のプロフィール

設楽悠太(したら ゆうた)
・1991年12月18日生まれ、埼玉県大里郡寄居町出身。
・日本の陸上競技選手で、双子(二卵性双生児)であり、日立物流所属の設楽啓太は兄。
・2012年1月に開催された第88回東京箱根間往復大学駅伝競走第7区を走り、それまでの第7区の区間記録である1時間02分35秒(東海大・佐藤、2008年)を3秒短縮し、1時間02分32秒で区間記録を更新。
・2015年元旦の第59回全日本実業団対抗駅伝競走大会ではルーキーながら最長区間の4区(22.0 km)を走り、10番手から4番手へ順位を上げる6人抜きの走りで兄・啓太や村澤明伸、同い年の窪田忍、4区の区間記録保持者である今井正人ら有力選手を抑え区間賞を獲得すると共に、2013年に今井が記録した1時間02分50秒を上回る1時間02分47秒の区間新記録を樹立した。
・残り1枠となった五輪代表の座を争うMGCファイナルチャレンジでは、2020年東京マラソンに出場する予定である。
Wikipedia

設楽悠太の名言 10選

(1) 30km以降は、もう走力は関係なくて気持ち、勝つ気持ち、強い気持ちさえあればマラソンは走れると思いますね。

~設楽悠太~

(2)「このタイムで走りたい」というのは全くなくて、とりあえず勝つことしか考えていなかったので、タイムよりも勝負にこだわっていました。

~設楽悠太~

(3) 足を痛めていたこともあって、ゴール直後は本当にもうつらくて、何も考える余裕がありませんでしたが、控室に戻って携帯電話を確認したら、いろいろな方から連絡が来ていて、そこから実感が湧いてきましたね。達成感というか、「頑張ってきてよかったな」ということを一番感じました。

~設楽悠太~

(4) 今は、僕が『日本記録保持者だったのはあの日だけ』と思いながら、1人の陸上選手として以前と変わらない生活を送るよう心掛けています。

~設楽悠太~

(5) 日本記録を楽しみにしてくれていたファンの皆さんや家族のことが頭に浮かんだのと、それと、やってきた練習を思うと、僕自身も「ここでやめたらもったいない」と思っていたので、本当にもう「走れなくなってもいいや」くらいの気持ちで、行けるところまで行こうという思いでずっと走っていました。

~設楽悠太~

(6) 脚の痛みでくじけそうになった瞬間もあったのですが、ゴール手前で家族や酒井監督の応援がはっきりと聴こえ、もう一度脚が思うように動いてくれたというのが今回の記録を出せた最大の要因かもしれません。

~設楽悠太~

(7) 強くなるための手段は人ぞれぞれだと思うので、自分にとって何が一番良いのかを考えた上で、スタッフとコミュニケーションを取りながら日々実行しています。今、結果が出せているのは、練習とレースがマッチしているおかげですね。

~設楽悠太~

(8) 走っている本人は本当に苦しいので。周りの応援がなかったら、こんな記録も出せなかったと思います。沿道で応援してくださった皆さんに本当に感謝しています。また、チームメイトも来てくれていて、ポイントごとに応援してくれました。それも本当に僕にとって大きな力になりました。

~設楽悠太~

(9) 僕は、もともとタイムを決めて走りたくないタイプなんです。そうすることで、自分に限界を決めてしまうことになるので。あの時は、書きたくないという気持ちもありつつ、目標の数字を書きました。

~設楽悠太~

(10) 力が湧いてくるんです。特にトラックとマラソンでは、応援してくれる人数がまったく違いますから。それに二時間以上も応援してもらえるなんて、マラソンだけ。走ってても、気持ちいいなって思うぐらいでした。

~設楽悠太~

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