三浦雄一郎の名言・格言30選|心に響く言葉

三浦雄一郎のプロフィール

三浦雄一郎(みうら ゆういちろう)
・1932年10月12日生まれ,青森県青森市出身
・スキー選手,登山家,獣医
・冬季五輪メダリストが名を連ねる世界プロスキー選手権にて世界ランク8位になるなどプロスキーヤーとして活躍
・世界最高峰のエベレストに世界最高齢となる70歳7か月での登頂を果たし,ギネス記録を樹立
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三浦雄一郎の名言・格言 30選

(1) 命を惜しむと、それまでの努力が無になってしまう

~三浦雄一郎~

(2) ああ、ここ(エベレスト)、滑れそうだな

~三浦雄一郎~

(3) お陰で僕はエベレストからのパラシュート直滑降に成功し、映像はオスカーをもらうことができました。アメリカ前大統領のジミー・カーターさんは、僕の映像を20回以上観てくれたそうで「人間の勇気、夢をあきらめない姿に感動した」と言ってもらえて、そんな嬉しいことも起こるんです

~三浦雄一郎~

(4) 目標どおり70歳で初の登頂成功。しかし天候に恵まれず、頂上からはほとんど何も見えなかった。「次はこの頂から晴れ渡った景色が見てやろう」と、5年後にもう一度挑戦することを決めたのです

~三浦雄一郎~

(5) 資金集めは飛び込みですよ。ホンダの本田宗一郎さん、松下幸之助さん、サントリーの佐治敬三さんなどの元へ飛び込んではプレゼンテーションをしました

~三浦雄一郎~

(6) 目標がはっきりしないと、ただの怠け者になってしまう

~三浦雄一郎~

(7) どうせ死ぬならエベレストに行ってから死のうかと、病気のお陰で目標が出来ちゃった

~三浦雄一郎~

(8) 僕は限界に挑戦することで「人類のフロントランナーでありたい」と思い続けてきました。今もその意識は変わりません。しかし、その根っこにあるのは、誰もやったことのないことをやってみたい、周囲を驚かせたいという、純粋に僕自身が楽しんでいる気持ちです

~三浦雄一郎~

(9) リーダーというのは“旗印を降ろさないこと”といいますか、目標設定したことを最後まであきらめないことでしょうね。あとは少しバカなくらい陽気でいないと(笑)

~三浦雄一郎~

(10) 電車の窓から白い富士山が見えましてね。本当に美しいなと思いました。そこに“一枚の斜面”が見えるじゃないですか。『ああ、あそこを真っすぐ降りたら楽しいだろうな』と

~三浦雄一郎~

(11) 体が太った原因は運動不足と食べ過ぎ、飲み過ぎでしたが、実は目標や夢を見失ってしまったことで、心までメタボになっていたんですね

~三浦雄一郎~

(12) これが出来たら死んでもいいと思っていますから。死んでもいいというのは自分の限界を知りたいということなんです。そういう執念や勇気みたいなものを持てるか持てないかが、人の実行力に差をつけるのではないでしょうか

~三浦雄一郎~

(13) 後から来た人たちに追い抜かれても、全く気にしない。標準タイムがあるのですが、それも僕には関係ない。ところが不思議なもので、頂上に近づくと追い抜いて行った人たちに追いつき、山頂には僕らが先に着くことも少なくありません

~三浦雄一郎~

(14) 幼少の頃、僕は体がとても弱くて学校を休みがちでした。もし体が丈夫で100mを素晴らしいタイムで走れたら、違ったことをやっていたかもしれない。でも身体的に恵まれていなかったからこそ、誰もやっていない細かな隙間を見つけて突き詰めることができたんです

~三浦雄一郎~

(15) まだ世界中のだれも挑戦していない80歳でのエベレスト登頂。この俺に本当にできるんだろうか? いや、きっとできるはずだ。そんなふうに自分で自分にワクワクするんです

~三浦雄一郎~

(16) 90代の親父に夢と情熱があるなら、60代の俺にだってまだまだ何かできるんじゃないか――。そう奮い立ったのです

~三浦雄一郎~

(17) 気づけば「メタボな65歳」になっていた僕の心に、もう一度火をつけるきっかけを作ってくれたのは、父でした。スキーが大好きだった父は当時、「5年後の白寿(99歳)でフランスのモンブランを滑る」という目標を立て、日々鍛錬を積んでいたのです

~三浦雄一郎~

(18) アップルの創設者であるスティーブ・ジョブズ氏が、若い人に「ハングリーであれ、愚かであれ」と講演していましたが、その通りだと思います。僕自身も非常にハングリーだったし、周りから「馬鹿」「あいつ何やってんだ?」と言われましたけど、それを恐れちゃダメ

~三浦雄一郎~

(19) ベレスト登頂を前にして、私の体力が、30代後半の水準まで戻ったのは、父親に負けてはいられないという思いが、それだけ強かったからかもしれません

~三浦雄一郎~

(20) 1970年にはエベレスト山頂からのパラシュート直滑降に挑戦したのですが、当時の日本人にとってエベレストは未踏の地。誰も知らないエベレストで初の試みをするのだから、しっかり映像を残そうと「どうせなら将来、ハリウッドの映画祭でオスカーをもらえるような映像に」と計画しました

~三浦雄一郎~

(21)(2度のエベレスト登頂を果たした時)涙がでるほど、辛くて、厳しくて、嬉しい

~三浦雄一郎~

(22) 仕事でも日々の生活の中でも、冒険することはできる。そう考えると、今見えている光景がきっともっと輝いて見えてくるはずです

~三浦雄一郎~

(23) できない理由より、できる理由を考える

~三浦雄一郎~

(24) エベレストでお茶会をしたとき、外はマイナス25度。でも、絶対8500メートルでお茶会をやろうと決めてたんです。だから茶筅(ちゃせん)から何から全部持っていった。本当は100グラムでも軽いほうがいいのに(笑)。「お父さん、何でそんな無駄なもの」って息子や他のメンバーからは言われました。でもね、すごく効いた。8500メートルの高さでは交感神経が優位になって、興奮して眠れなかったり、落ち着かなかったりするんです。それがお茶を飲んでいるうちにスーツと心が静まって

~三浦雄一郎~

(25) 世界最高の気持ちです

~三浦雄一郎~

(26) 山には相性がある。山に呼ばれなければ、なかなか行けない。エベレストの女神に3回呼ばれて、とうとう3度目の登頂になった

~三浦雄一郎~

(27) 人生、このままたそがれちゃいけない

~三浦雄一郎~

(28) 70歳や80歳であきらめる人が多すぎる。80歳がスタートだと思えば、人生がおもしろくなるんじゃないか

~三浦雄一郎~

(29) もうたくさんだよ、疲労困憊(こんぱい)

~三浦雄一郎~

(30) 夢を見て、あきらめなければ実現できる。すばらしい宝物になった

~三浦雄一郎~