竹下佳江の名言・格言20選|心に響く言葉

竹下佳江のプロフィール

竹下佳江(たけした よしえ)
・1978年3月18日生まれ,福岡県北九州市出身
・元女子バレーボール選手
・Vリーグベスト6を3度,プレミアリーグベスト6を2度受賞
・3度前全日本代表として,五輪に出場し,2012年大会で銅メダル獲得
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竹下佳江の名言・格言 20選

(1)(アテネ五輪の出場権を獲得したときのことについて)やっとオリンピックの舞台に立てるという思いもあったし、出場権を獲れなかったときのメンバーに対しても、何かしらの思いは伝えられることができたと思いました。

~竹下佳江~

(2) JTの当時の部長さんと、一柳昇監督が何度も何度も私の所に来て、「うちでやってくれないか」と。最初は「うん」とは言えなかったのですが、本当に何度も足を運んでいただいた。それで、たとえ少ない人数でも、自分を求めてくれる人の期待に応えられるようにしようと思いました。だから、おふたりには、自分が閉ざしていたものを開いてもらったという意味ですごく感謝しています。

~竹下佳江~

(3) 私は、私のことを純粋に必要としてくれる場所があって、そこに戻ることができました。

~竹下佳江~

(4) 一度バレーから離れようというのが一番で、具体的なビジョンはなかったです。世の中の人がみんな敵に見えるし、人間不信になったので、離れて時間をおきたかった。

~竹下佳江~

(5) シドニーのことがあってから2年経ってやめたのは、いろんな事情があったから。チーム事情もあったので、自分だけではどうにもできない問題もあった。このときの2年間は義務感だけでバレーをしていました。心には大きな傷を負っているのに、チームに迷惑をかけたくないからコートに立つ。コートに立ったら勝たなくてはならない。苦しくてたまらなかった。オリンピックには未練がありましたけど、あのときは切り捨てるしかなかった。

~竹下佳江~

(6)(骨折をして)私のトスがぶれることもありましたが、そんなトスをみんな必死で打ってくれた。そのことが私を励ましてくれました。

~竹下佳江~

(7) 壁にぶつかって苦しんでいる後輩がいても、ある程度までは声を掛けないようにしています。すぐに助けてしまうと、いつでも助けてくれると思い、成長が止まってしまう。どうしてもだめなときに、何かのきっかけを与えるくらいでいいと思います。

~竹下佳江~

(8) 転機となったのは、それ(身長のハンデ)を長所に変えるためにどうするか、と思考を変えることができたことです。それに、苦しんだ分だけ人は成長できると思います。

~竹下佳江~

(9) 私は159センチしかないので、バレーでは大きな弱点です。もちろん、そのことに悩んだ時期もありますし、周りから非難され、一時バレーから離れたこともあるほどです。

~竹下佳江~

(10) 年齢が上がるにつれ「ぶれてはいけない」ということも心がけるようになりました。

~竹下佳江~

(11) 私の現役中最後の監督である眞鍋政義監督は、周りをしっかり見て、まとめ上げることのできる、まさにセッター型の監督でした。

~竹下佳江~

(12) 自分の限界を決めないで、もっともっと先に行けるんだって、自分の可能性を信じて頑張ってほしい。

~竹下佳江~

(13) 自分の気持ちを出さないとさ、相手に通じないじゃん。皆も分かんないんだよ。

~竹下佳江~

(14) メダルのためなら指一本くれてやる。

~竹下佳江~

(15) 誰よりもボールを触って練習してきた。

~竹下佳江~

(16) メダルのためなら指一本くれてやる。

~竹下佳江~

(17) 私はチームの中の怖い存在でいい。そう思ってやっている。

~竹下佳江~

(18) 苦しいことをやりきってきた人間って、こころの芯がしっかりしていると思うんですね。

~竹下佳江~

(19) 練習はウソつかないと思うし、自分がやってきたことは絶対に裏切らない。

~竹下佳江~

(20) 私はメンバーのレベルに合わせません。

~竹下佳江~